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◆骨董コラム◆古九谷:江戸初期に咲いた幻の色絵磁器

九谷焼の源流:謎と魅力に満ちた幻の磁器「古九谷」
古九谷は、日本の伝統的な陶磁器である九谷焼の歴史において、最も初期に作られた作品群を指します。江戸時代初期に現在の石川県で誕生したこの磁器は、わずか約50年間という短い期間で突然姿を消したため、「幻の磁器」として現在も多くの謎に包まれています。大胆で鮮やかな**「九谷五彩」**を用いた色彩と、力強い筆致による絵付けが最大の特徴であり、その稀少性と芸術性の高さから、現代では最高級の美術品として評価されています。
古九谷の誕生と「謎の50年」
古九谷の歴史は、約350年前の1650年代半ばに始まります。
始まりは、加賀藩の支藩であった大聖寺藩の初代藩主、前田利治の命によるものでした。南加賀の九谷村(現在の加賀市山中温泉九谷町)で良質な磁鉱(陶石)が発見されたことがきっかけです。利治は、金工師であった後藤才次郎に色絵磁器の制作を命じます。才次郎は、当時すでに先進的な技術を持っていた**備前有田(現在の佐賀県)**へ赴き、色絵磁器の技術を習得。これを九谷に持ち帰って窯を開設し、古九谷の歴史が幕を開けました。
こうして九谷村から数々の名品が生み出されましたが、その栄華は長くは続きませんでした。元禄末期(1700年頃)に、古九谷の生産は突如として途絶えてしまいます。陶石の枯渇、技術者の急死、加賀藩の財政難など諸説ありますが、当時の確かな文献資料が残されていないため、わずか半世紀で窯が閉じられた理由は**「古九谷のミステリー」**として現代にまで残されています。
豪放な美:「九谷五彩」が織りなす芸術的特徴
古九谷が美術品として高く評価される理由は、その独創的かつ豪放な美的特徴にあります。
1. 九谷五彩と豪快な筆致
古九谷の最も分かりやすい特徴は、紺青(深い青)、紫、黄、緑、赤という**「九谷五彩」と呼ばれる鮮やかな五色を大胆に用いる点です。これらの色を惜しみなく使い、器の面からはみ出さんばかりの力強い筆致**で絵付けが施されます。
2. 独自の画風と技法
画題は花鳥風月や山水、人物など多岐にわたりますが、その様式は当時全盛だった狩野派の力強い絵画、土佐派、大和絵、さらには中国明末期の木版画の要素をも取り入れ、九谷独自の様式を確立しました。彩色前に墨で輪郭線を力強く描く**「骨描き」**の技法も特徴的です。
3. 青手古九谷の「塗埋手」
古九谷の作品群の中でも、「青手古九谷」と呼ばれる一群は特に個性的です。この作品では赤を使わず、黄、緑、紫の三彩、または紺青を加えた四彩のみを用います。器の面を地肌が見えないほどに色で塗りつぶす**「塗埋手(ぬりうずめて)」**という独特の技法が用いられ、力強い文様が器面全体を覆い尽くします。この様式は、後の九谷焼にも大きな影響を与えました。
現代における古九谷の価値
わずか50年で姿を消した古九谷ですが、その価値は時代を超えて計り知れません。
現存する作品数が限られているため稀少価値が非常に高く、**「柿右衛門」「鍋島」など江戸初期の高級磁器と並ぶ美術品として扱われています。そして、この古九谷が築いた色彩と絵付けの伝統は、約100年後の「再興九谷」に引き継がれ、今日の「ジャパンクタニ」**として国際的に愛される九谷焼の揺るぎない原点となりました。
突然の終焉というミステリーと、大胆な色彩美という魅力が相まって、古九谷の作品は350年の時を経てもなお、私たちを魅了し続けているのです。