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寛永通宝の歴史

寛永通宝が日本の経済史において果たした役割は非常に大きく、その製造体制と流通期間は、この銭の持つ信頼性の高さを物語っています。

1. 整備された製造体制

当初、寛永通宝は江戸幕府が正式な貨幣として採用し、自ら鋳造を開始しました。その後、安定した流通を支えるため、全国各地に**銭座(鋳造所)**が設けられ、大名に許可されて製造を担うようになりました。これにより、寛永通宝は全国で均質な貨幣として広く普及しました。

2. 異例の長期間流通

この銭の最も特筆すべき点は、その流通期間の長さです。

  • 江戸時代全域: 徳川三百年の間、日本全国で庶民の日常的な取引に使われ続けました。
  • 明治時代まで: その信頼性の高さと膨大な流通量から、時代が変わった明治政府の時代にも、補助貨幣として引き続き使用され、日本の経済を支えました。

古銭としての現在の価値

歴史的な価値は非常に高い寛永通宝ですが、現在の金銭的な価値は、その種類と状態によって大きく異なります。

1. 一般的な銭(子銭)の評価

長期間にわたり大量に製造され、広く流通していたため、一般的に見つかる子銭(実際に市中で使われた貨幣)は、希少性が低く、現在の金銭的価値は低い傾向にあります。

2. 高額取引される特殊な古銭

以下の特殊な種類の銭は、古銭収集の世界で資料的価値や希少性が高く、高額で取引されることがあります。

  • 母銭(ぼせん): 実際に流通した子銭を鋳造するための**「原型」**として使われた古銭です。製造数が極めて少ないため、非常に高い価値が認められます。
  • 特殊な書体やデザインを持つもの: 製造された銭座や時期によって、文字の形や銭の縁の処理などに僅かな違い(異書)が見られます。稀少な特徴を持つものは高値がつきます。

3. 価値を高める「状態」のポイント

寛永通宝のような古銭は、以下の状態にある場合、単体よりも評価が上がる傾向があります。

単体よりも束が有利 一つ一つバラバラの状態よりも、未選別のまま藁などで縛られて束になっている状態の方が、古銭としての資料的価値や希少性が高まり、評価が上がる傾向にあります。

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